【練習レポ(21)】とめはねっ!の与える影響(某マンガではない) by 指揮者




さてさて一周も回らずに当番が回ってきました。

今回は今季初の午前中からの練習。本番に向けて本腰をあげてのハズが・・・。

開始時3人。11時に一人追加で4人。

さて何しよう

最近ご無沙汰だった日本組曲を丁寧に弾いていく事にしました。
人数が少ないせいか、リズム感、バランスなどがいつもよりシビアな感覚になったような。
そして面白いことに、1st、2nd、ドラ、ベース一人ずつでも曲になってるメンバーみんなが新鮮な気持ちになりました。

日本組曲の1楽章と4楽章は短いフレーズが展開していきます。さらにリズムを刻むパートが多いので、特にマンドリンだとガチャガチャしがちです。
刻んでもハーモニーは存在しますし、短いフレーズも懐かしい夏の日本を連想させる、ちょっと妖しい雰囲気の旋律です。旋律を弾いている人は、お祭りの笛なんかをイメージしてはいかがでしょうかね~。

人数が少ないことで、そういった側面が感じられて演奏できたのかもしれません。
なので逆に言うと・・・。

人数が増えると、弾いている場所は「音の洪水」。その中で弾いています。
そうなると自分の音を出すタイミング、音量やダイナミクスなどの指示に対して多少アバウトになっていくのも理解できます。経験の差によっては、もしかしたらアバウトになっていることにも気づかないかもしれません。
曲の進行や指揮でなんとなくタイミングがわかり、指示記号で書いているようになんとなくフォルテで弾いたりクレッシェンドしたり。全体練習を繰り返しているとだんだんシビアな感覚がなくなっていくのもわからない話では無いですね。特にアマチュアの場合は。(もちろん指揮者の技量も影響大です。自覚してます

なので、よりシンプルな状態で確認する。それがパート練習なんでしょうね。
そのパート練習も単に弾ける弾けないではなく、例えるならば「呼吸をあわせる」とでもいうのでしょうか。タイミングだけではなく、パートトップがどう弾きたいのか。パートとしてどういった音を出していくのかを共有する。理想を言うとそういった時間も取りたいのですがなかなか難しいのが現状です。

よく自分が練習する時、音の出だしやフレーズの終わり方、メロディーの抑揚などをどう表現しようか模索する作業が、書道に似てるなと思うことがあります。
同じ字でも線の太さやとめはねで、字から受ける印象が変わっていきます。自分の書道は芸術レベルには達しませんでしたが(笑)、そのレベルでも筆の入りやとめはねは基本です。音楽もそういったところに意識を向けることは当然ですし、アンサンブルだとその意識を共有することが大事だと思います。

単に目的の「字」をみんなで書いて、それが読めたらオッケー。ではなく、入りやとめはねに気を配り、どんな線を書きたいのかを共有できた時、出来上がった「字」から何かを感じてもらえるようになるのではないのでしょうか?

今度ブログ当番が回ってきたら、「指揮者苦労話」とか書こうかな?アマチュアで指揮している方にとって「あるある」ネタって結構あると思うんだけどなぁ。

-----------------------------------

[編集後記と写真コーナー]

またまたためになるお話をありがとうございます。
今回は書道になぞらえてのアンサンブルの極意…とでも申しましょうか。
非常にわかりやすいたとえ話だったと思います。

とめはねから受ける印象、確かに大きいと思います。
ここをおろそかにしては、肝心の文字が台無しになってしまいます。

とめはねにも気を配った音作りで、かなでおんらしい音楽を作り上げていきたいですね

ラスト一文はもしや『フラグ』ってやつでしょうかw
近々また指揮者さんにブログ当番が回ってくる気がしてなりません(笑)

マンドリン講座。


休憩中!!




マンドリンの人々



コメント

非公開コメント

トラックバック

http://kanadeon.blog133.fc2.com/tb.php/75-6987b855